2010年3月11日木曜日

講評会 2

 第82回アカデミー賞で6部門受賞したキャスリン・ジュン・ビグローです。



(ハセガワさんとお菊さんから頂いたプリン&素敵な手紙・・・嬉しすぎた。ありがとう!)

   第56回国公立展もart言う間終わってしまいましたね。56万人来場とはいきませんでしたが、あの寒い雪の日も今では良い思い出です。国公立展までの軌跡を思い返すと心が温かくなり、自分の心の中の雪も解けていくような気がします。 (サイトウ君、大変な時に搬出に来てくれてありがとう。凄く助かりました。)
 
 O美術館まで足を運んでいただいて下さった方々、この展覧会を支えて下さった美術部員・渉外の皆さん、主催校だった外大の皆さん、O美術館の紳士・淑女の皆々様、本当にお疲れ様でした。「O美術館」は「×美術館」でも「△美術館」でもなく「美術館」でしたね!素晴らしい会場で良かったです。

 講評会も大変良かったです。

マツイシ貴公子が世界に羽ばたいた瞬間)


 東京学芸大の先生お二人は我々美術部員に丁寧に的確な講評をして下さり、創作意欲を刺激されると同時に、とても勉強になりました。中々寒い中、お忙しい中、お越しいただいて本当に感謝しています。清野泰行先生は今回が最後の講評になるかもしれないとのことでした(涙) 先生曰く、「僕は長年講評してきたから。新しい人と入れ替わることで、血の巡りをまた新たなものにしたい。」とのことです。ここまで国公立展の発展を想ってくださっているのかと考えたら、凄く熱いものがこみあげてきて。お二人に握手してもらいました。「Ars longa, vita brevis (芸術は長く人生は短し)」

 今回は、講評会で参考になったお言葉を紹介していきたいと思います。僕の記憶なので、僕の記憶だからこそ、曖昧ですが・・・一生懸命書きます。

 ◆「何事においてもバランスを考えなさい。」
  そのままですが、良い作品を制作するにはバランスを考える必要があるということですね。立体作品の展示においてもどのように配置するかでガラっと印象は変わりますもんね。また、「空間的な見せ方の工夫がその作品の世界観をより豊かにする」というお言葉にはハッとさせられました。陶芸においてはデザイン性と用途との割合を考えながら作り上げていくものだから、その辺りが難しいと仰っていました。絵画については、特にハイライトの入れ方に言及され、明るい所は単純に白と決めつけず、周囲とのバランスで色を選んだほうがよいということでした。バランスって重要ですよね。

 ◆「影の描き方は難しい。汚れにも見えてしまう時がある。」
  影を描くのって本当に難しいですよね。その色の捉え方は作者の心情でも異なるでしょうし。やはり自分で模索していくべきだそうです。今回の第56回国公立展の「影」は汚れではなかったですね。全てはみなさんのお「陰」でした。

 ◆「素材と自分の描きたいものの関係性は非常に重要である。」
  その通りだと思います。素材にもその人の個性が出てきますよね。つまり絵を描き始めようとする段階で既に自分自身の表現法を模索し始めることができるということですね。尚、素材感の異なるものを組み合わせることは難しいそうです。自分も素材や画材選び、技法において自分のメッセージをうまくアウトプットできるようなものを発見すべく挑戦していきたいです。やっぱり創作活動って人生みたいですね。何かの目的意識をもって物事に取り組んで、目的を果たす。でも、人生ってそんなにうまくいかないか・・・いや、絵を描くのもそんなうまくいかないか。やっぱり、同じですね(笑)創作は人生の一部です!

 ◆「ぼかしなさい。」
  水彩画をうまく見せる手段として「ぼかし」があります。紙に湿気を与えておき、そこに色を置いていくことで偶然ともいえる色と色との交流がなされ、それが良い味を出すのだそうです。その偶然は必然ということですかね。僕の目はすでに感動で潤んでるから、アクリルガッシュのウルトラバイオレットを垂らすと・・・「Oh美術館、help me!!」この偶然の痛みも必然。
 
 ◆「人によってフレミングは異なる。」
  人間による視覚的な枠取りについてですね。その絵を見る側の人間にフレミングの自由をもっと与えるべきだということだそうです。「フレミングの法則 美術部ver.」です。この法則では次の不等式が成立します。
  (二次元→二次元)≪(三次元→二次元)
  雑誌や写真を見て描くよりも、実際に三次元の“本物”を見て描く方がより奥深い絵、見応えのある絵(通称:見応絵)が描けるとのことです。これは絵を描くことだけでなく、人の生き方にも共通しますね。現実を直視して生きていくことで、その人自身が強くなり、人間味がより豊かになるということですね。僕も目からアクリルガッシュを落として、しっかり前を見据えて生きていきたいです。

 ◆「風景との出逢いを大切にね。」
  風景との出逢いは本当に大切だと思います。皆が皆、自分の好きな風景を描くのか分かりませんが、自分は大抵心がときめいた景観を描くことが多いです。やはり若い内にいろいろな所へ足を運んで、美しい風景に出逢うことで、その人の美術における「語彙」と言いますか、引き出しの中の絵の具が増える気がします。先生によれば、「自分の記憶で描いた情景は非常に純化されたものである。」ということです。確かにそうですよね。記憶の曖昧性は置いておいて、この言葉に感じさせられたことは人間の恣意的な解釈とあまりに純粋すぎる感動という二面的なものです。人間は案外pureね。
  上記のように風景との出逢いが我々の絵心を豊かにするのです。ちなみに、「絵心」をじゅんじゅん流に表記すると「Egocoro」。絵心はEgo(自我)とも捉えられるし、Eco(ecology)、つまりは環境保護にも繋がるということです。風景との出逢いが人を自然に優しくするのでしょう。では、Eroは?ErosやErosionでもありません。「Ero」をあなたのpureな心で読んでみてください。
  分かりましたか?「Ero」→「いーあーるーおー」→「えあるおー」→「絵あるO美術館」→「絵の飾ってあるO美術館」。そうO美術館で僕らはより豊かな絵心を手にしたということです。

 ◆「童心を忘れずに。」
  幼き頃のこころを持って絵を描くことのできる大人になりたいものですね!皆さんも童心を忘れずに。自分は童心しかないな。


 


 渉外もいよいよ世代交代ですね。
 ホリウチ君、おっちー、君たちは本当に素晴らしい渉外になるよ!応援しています。



 追伸:実は。。。「The Hurt Locker」がアカデミー賞の作品賞などを取るのを僕は予測していました。その証拠に僕の作品を見てください。



 Heartを書いてますよね。スペルは違えどカタカナ表記ではどちらも「ハート」。また、今回の作品は、「右WAR左WAR(ううぉーさうぉー)」というタイトルで「戦争の虚しさ」を訴えるものです。これは、「The Hurt Locker」にも通じるものがありますよね。・・・痛い感じになっちゃっいましたかな?それはそれで「Hurt」ということでお許しをっ

 ということで、この辺で失礼します!

1 件のコメント:

  1. アカデミー賞6部門受賞おめでとう、キャスリン!

    描きたいものと素材との関係性は、自分も深く頷かされたねー。必ずしもアクリルガッシュじゃないといけないってことはないということ。ふうむ。

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